
8月のある日、会社に1通の手紙が届きました。
封を開けてみると、それは親しくしている銀座のママからの手紙でした。
このママとは、鉢嶺さんが黒服として働いていた頃、同じお店で共に時間を過ごしたホステス仲間でもあります。
この記事でわかること
- 銀座のママが“赤紙”で招待状を送った理由
- “ノルマ”をきっちり達成した5年後のエピソード
- 銀座クラブで生まれる“ユーモアと信頼”の関係性
- 水商売の世界で数字以上に大切なもの
- 銀座の“仕返し”が愛でできている理由
銀座の夜を知る男に届いた“異色の招待状”
八月の終わり。街にはまだ夏の熱がわずかに残っていました。
午後の日差しが柔らかく差し込むオフィスに、一通の封筒が届きます。
差出人は、銀座で名を馳せる“ママ”。彼女からの便りは珍しくありません。
しかし、その封筒の色を見た瞬間、彼の眉がわずかに動きました。
——赤。
それは戦時中の「召集令状」を思わせるほど鮮烈な赤でした。
冗談のようで、どこか本気の香りがする。まるで彼だけを狙い撃つように放たれた、一枚の“赤紙”。

“ノルマにうるさい男”への、最高のジョーク
封を開けると、紙の端にはざらりとした質感があり、どこか公文書のような威厳を感じさせました。
そこには、次の文面が記されていました。
臨時召集令状
鉢嶺祐矢殿
2025年9月10日〜9月12日に行われる
私の誕生日パーティーにおいて、出席を命ず。
日頃の感謝を示すべく、下記を遂行せよ。
一、9月中に10回以上の来店を命ず。
二、同期間に5回以上の同伴を命ず。
三、総額100万円以上の支払いを命ず。
達成できぬ場合、厳罰に処す。
文面は冗談めいているようで、妙にきっちり。
通常の顧客には柔らかな「白い和紙の案内状」が届く中、
鉢嶺氏のもとには、ひときわ目立つ真紅の“赤紙”が届いたのです。

つまり、
- 白い紙:一般の常連客への丁寧な招待状
- 赤い紙:特別な“ノルマ召集令状”(冗談を込めたVIP招待)
赤は「覚悟と愛」、白は「礼節と信頼」を象徴する。
銀座らしい、銀座らしい、心を結ぶ色の調べでした
「……やられたな」
そうつぶやき、鉢嶺は小さく笑いました。
誓いの9月──命令を遂行する日々
かつて黒服として銀座のクラブで働いていた彼は、当時から数字や段取りに人一倍厳しい人物でした。
「ノルマは数字じゃなく、約束だ」。
そう語り、どんな小さな抜けも見逃さなかった。
そんな彼に、5年ぶりの“仕返し”として届いた赤紙。
週に二度、三度。仕事の合間を縫って、彼は律儀に命令を遂行していきました。
10回以上の来店。5回以上の同伴。
支払額は、もちろん100万円どころではありません。
それでも、彼は一度も嫌な顔を見せませんでした。
ママの笑い声、ホステスの冗談、シャンパンの泡の音。
かつて数字の向こうにあった“人の温度”が、静かに蘇っていきました。

銀座という舞台に息づく“愛あるユーモア”
銀座の女性たちは、したたかで優しく、そして粋です。
言葉ひとつ、手紙一枚にしても、深い意味を持たせます。
ママが“赤紙”を選んだのは、笑わせたいからだけではありません。
「あなたは昔、誰よりも真剣にこの世界を支えていた」
——その想いを、冗談という形で返したかったのです。
銀座では、恩や感謝を“洒落”に包んで渡すのが粋。
そしてその洒落を、笑って受け止められる男こそが本当の常連なのです。
終章:赤紙がくれた、銀座の絆
誕生日パーティーの三日間が終わった夜、彼はカウンターの隅であの赤紙を取り出しました。
シャンパンの灯りに照らされた紙は、最初に見たときよりも柔らかな赤に見えます。

「よくやったわね」とママが笑う。
「命令ですから」と彼が返す。
二人の笑い声が店に溶け、銀座の夜がまたひとつ深くなりました。
厳しさと愛、過去と現在、冗談と感謝。
そのすべてを包み込んだ一枚の赤い紙は、誰よりも彼らしい“銀座のラブレター”でした。

まとめ
“赤紙召集令状”は、銀座という街ならではの愛と信頼のメッセージでした。
白い紙で伝えるのは礼儀と感謝、
赤い紙で伝えるのは、過去をともに歩んだ者だけに向けた“洒落のある信頼”。
それは、ただのジョークではなく、
「またこの街で笑い合おう」という再会の合図でもあります。
笑いの中にある絆。
それが、銀座という舞台の真の美しさなのです。